「仁絵ちゃんへの思い入れをどうぞ」というお題…
会長ったらなんて難しいことを言いやがるのでしょう。
仁絵ちゃんが好き。
大好き。
ほんとに好き。
とにかく好き。
超ド級に好き。
間違ってチョモランマのてっぺんにいることになったらそこに仁絵ちゃんの名前書いちゃうくらい好き・・・
思い入れは?と言われたらこんな感じかしら。
そうなるキッカケはきっとみんな、テレビやCDジャケで直感的にイイ!と思ったり、ある時の「ほんのちょっとした何か」に心を突き動かされて突如むぅぅ(はぁと)と思ったり、じんわりじんわり自然にファンになったり、本当にいろいろだと思うのですが、じゃあ私は何からだろう?と考えると、実はワカラナイのです。
思い出せないのですよ。
つまり、特にキッカケもなく、気づいたら「アラ私ったらこんなにひとら〜」という感じなのです。
ほんとに。
自分の中でSPEEDが気になりだした「STEADY」の頃、まさに「SPEEDを見ていた」に他ならず、特に誰か1人ばかりが気になることもありませんでした。
4人のフォーメーション、4人の懸命さ、4人のパワーを正面から受け止め、感動していました。
でもその後、ふと気づいたら4人のパワーの中から「ちょっとだけ外にはみ出している“1人分以上のパワーを出す1人”」をずいぶん見ている自分がいたようで(ホントにそれをその場で実感していなかったので、あくまでも今思えば、という感じなの)、その内友人にも「SPEEDの一番左で踊ってる子に注目なのだ」とか言っていた記憶があります。
そんな感じですので、そこから先しばらくは「なぜあの左の子が気になるのかの理由探し・究明」をしていたと思うんです(もともと私は、いろいろな物・事や人物に対して惚れにくく、いや、はっきりいって「自分に一番興味がある」(呆)性格なので、何かを好きになるとそんな珍しい気持ちになる自分への“理由づけ”を必死に考えてしまうのです)。
さて、そこから先の発見はもう今更ここで言うまでもなく、おそらく皆さんが感じる「新垣仁絵・100の魅力」と同様だと思います。
目を奪われずにはいられないエモーショナル(なのにクール)なダンス、自信にあふれた瞳、立ちスタイルの自然の美しさ、一生懸命思いを伝えようとする話し口調、etc。
メディアとライブではせいぜいこの辺りを感じ取るのが精一杯なのが「一ファン」の悲しみですが、ひとつひとつ、どれもが充分すぎる魅力です。
私事で大変恐縮ですが、私は昨年までバンドをやっていて、毎月お客さんの前でステージに立っていました。
相当ウルサイ音をやっていたこともあってライブのテンションもかなり高かったのですが、最後までメンバーから私が言われていたのは「ステージで自信がなさそうに見えてカッコ悪い」というもの。
それは自分でも痛いほど感じていて(アガリ性&自意識過剰ゆえ)、たくさんのバンドのライブを見て勉強したりしたものです(<ギターの練習しろよ)。
そう、ステージではすべてを無にし、やれる力をぜーんぶ外に「オラオラーッ!」と放出しちゃわないとダメなんです。
それがものすごいパワーとなってお客さんに伝わり、お客さんも負けじとパワーをなげ返してきて、空間でぶつかり合って、そりゃもうトンデモない熱気となって会場をひとつにするんです。
前日までの悩みだとか、ついさっきまでの小さな苦しみとか、そんなものはステージで見せるものではないんです。
それを見せると確実にお客さんにわかってしまいます。
何が言いたいかというと、私は自分のライブ前日に「RISE」のビデオを見て、毎回仁絵ちゃんからこの「当たり前の精神」をあらためて教わっていたんです。
一度でも、仁絵ちゃんがつまんなそうに踊っているところを見たことがあるでしょうか。
何かあったのかしら?と思わせたことがあるでしょうか。
プロなんだからあっちゃいけないのは当たり前ですが、仁絵ちゃんからは「必死にこらえて」とか「どうにか頑張って」とか、そういうギリギリの内面を思わせるような姿が、少なくともテレビやビデオからは私にはまったく見えません。
楽しんでいるんです、ヨユウで。
天性のセンスなどとよく言われてますが、当然血の滲む努力もしているでしょう。
でも、たとえそれが「途上段階」にあっても一度お客さんの前に姿を見せ、SPEEDという中で自分たちの曲を発表する時は「楽しんじゃう」。
それが、それこそがステキなんですよ!
ああ、やっと見えた。
やっと書けた。
これです。
これが私が辿りついた「気になる一番左の子」の理由です。
いつも長くてすいません。
こんな感じです。
(もっといっぱいあるんだけどね〜〜)
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